第一章
問いのはじまり

この物語は、全7章で綴られています

小学生の高学年の頃のこと。
今でも、ときどき思い出す男の子がいます。

同じクラスの子でした。
真面目で、何事にも一生懸命な子でした。

でも人前で話すことが苦手で、
先生に指名されると、
言葉がうまく出てこなくなることがありました。

その日も先生に名前を呼ばれ、
その子は立ち上がりました。

教室は静かでした。

言葉を探しながら、一つひとつ答えていきます。
途中で何度か言い直しながらも、
それでも最後まで答えました。

でも、答えは間違っていました。
その瞬間、教室に笑い声が広がりました。

先生はすぐに、
「静かにしなさい。」
と注意しました。

私は、その子を見ていました。
一瞬だけ、その子の表情が曇りました。

その表情が、なぜか胸に残りました。
私は心の中で、
「頑張れ。」
そう思っていました。

その子は席に座り、
授業はそのまま続いていきました。
やがてチャイムが鳴り、休み時間になります。

私は次の授業の準備をしながら、
何度かその子の方を見ました。

その子は友達と話していました。
教室も、いつもの休み時間でした。

でも、私にはそうは見えませんでした。
男の子は
さっきまでの出来事を胸の奥にしまったまま、
何事もなかったように過ごしている。

そんなふうに見えたのです。

もちろん、本当のことは分かりません。
でも、当時の私には、そう見えました。

そしてこのような場面は、
この一度だけではありませんでした。

頑張っている人が笑われる。
失敗した人がからかわれる。

そんな場面を見るたびに私が目を向けるのは、
いつも傷ついた人でした。

その人は、今どんな気持ちなんだろう。
どれだけ苦しいんだろう。
どれだけ、もどかしいんだろう。
そんなことばかり考えていました。

そして、もう一つ。
私には、
どうしても分からないことがありました。

どうして、みんなには分からないんだろう。
私にはその子が苦しいんだということだけは、なぜか分かりました。
だからこそ、不思議でした。

どうして笑えるんだろう。
どうして気づかないんだろう。

子どもの頃の私は、
その答えを分かりませんでした。
そしてその問いだけは、
何年経っても消えることはありませんでした。