第二章
心が置きざりになる空気

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子どもの頃に抱いた問いは、
大人になっても消えませんでした。
学校を卒業し、私は社会へ出ました。
働き始めると、それまで見えなかった大人たちの姿が少しずつ見えてきました。
そして、子どもの頃から抱いていた問いは、
ますます大きくなっていきました。
年齢を重ねたからといって、
人は他人の痛みに
必ずしも気づけるわけではない。
新入社員として入社した会社は、
とても厳しい環境でした。
仕事を覚える日々の中で、
右も左も分からないまま
長時間の残業や休日出勤が続きました。
毎日が必死でした。
心も体も疲れていました。
自分でも、
限界が近づいていることは分かっていました。
それでも、
「みんなも頑張っているんだから、
自分も頑張らなきゃ。」
そう思っていました。
周りを見渡すと
体調を崩しているのは、
私だけではありませんでした。
無理を重ね
限界に近づいている人は、
他にも何人かいました。
もちろん体調を気にかけてくれる人はいました。
それでも
苦しんでいる人の心に
目を向ける人は、
あまりいませんでした。
その状況を変えられる立場にいる人たちからでさえ
聞かれるのは、仕事の進み具合や成果ばかり。
そこには、
「仕事とはこういうものだ。」
「社会とはこういうものだ。」
そんな空気が流れていました。
その空気の中では人の心よりも、
「当たり前」の方が
大切にされているように見えました。
私はその会社だけが特別なのだとは思いませんでした。
転職を重ねる中でも、
似たような景色を何度も見てきたからです。
場所は変わっても、景色は変わりませんでした。
苦しんでいる人の心が受け取られない。
頑張っている人が報われない。
誰も悪気があるようには見えませんでした。
誰もその空気を疑っているようには見えませんでした。
だからこそ、私は不思議でした。
どうして人が苦しんでいても
誰も気づかないんだろう。
どうして苦しんでいる人に
手を差し伸べようとしないんだろう。
どうして人の心よりも
「当たり前」の方が優先されるんだろう。
子どもの頃から抱いていた違和感は、
社会へ出てさらに大きくなっていきました。
この人たちの中には、
心というものがないのだろうか。
そう思ってしまうほどでした。


